久々にいい話を見た。
元中古本屋の店主と、その本屋の事故に巻き込まれ、
脳死の判定を受けた女の子のご両親との交流の話。
脳死に関しては痛ましいことこの上ないが、
元中古本屋の店主は、毎日その女の子の送り迎えをし、
その親御さんはそれを受け入れているだけでなく、
数千円で中古の本を元店主に買ってもらっていたことや、
そこから女の子のおしめ代も出ていたという過去の恩を忘れていない。
こうした寛容さは、かつて日本人がもっていた美徳のような気がしてならない。
いつから、自分だけが損をしていると思う人が増え、
思い込むとそれを人のせいにして、
そうした不平を言って通れば儲けもの的な、
言ったもの勝ちの世界になってしまったのだろうか?
すべて自分に返ってくることを忘れてはいないか?
これは、約束とか、仁義とか人間として基本的な関係づくりを
すべて契約でしか信じられない、腹の底では誰も信頼しない
居心地のわるい世界にしていくことだ。
企業は社員をもっと信用できなくなり、
結果、働くこと自体が契約でがんじがらめにされ、
息のつまるものになっていく。
努力して結果を出しても、かつての自分のような者たちに、
引きずり降ろされる心配をずっとしなくてはならない。
これは自分の幻影に脅かされることだから一生続く。
そして、そこから逃れるためにもっと心を麻痺させていく。
諸外国に行ってみればすぐにわかることだ。
それはさておき、
昨日のNHKの在日米軍の世論調査を見ていたら、
日本人は自立を諦めてしまったように思えた。
勿論、きれいごとだけでは生きてはゆけないけれど。
だが、元アジア局長の田中さんの戦略論的な切り方はとても
客観的かつ現実的で、さらに実があるだけに説得力もあった。
メディアの気分でこういう人を一斉に悪者にしたり、
すぐに手のひらを返したりする。
同様に、世論もけっこう無責任だ。
結局、現実唯一の国民性なのかもしれない。
ぼくは誰かが言っていたような世論を後追いだけするような政治は、
まず成立しないと思う。
何かを見るたびに、書くのは評論家のようで躊躇していたが、
どうせ書くならすぐに書こうと思う。