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やっぱり生か。

最近の生放送ものは、見応えがある。

政治家や一般の方を呼んだもの。

意図せぬ一瞬の表情に本当が透けて見える。

一般の人の切実は物言いは、手垢のついた言葉や

こなれた振る舞いより、胸に迫る。

これぞ、テレビの面目躍如ではないか。

取り繕っても、余程のプロ以外は完璧になど反応できるものではない。

シュミレーションをすればするほど、その準備が透けて見えたりもする。

だから、生は面白い。

(勇気ある生放送ではスポンサーへの配慮で神経をすり減らしてる

 方々も裏ではたくさんいらっしゃることでしょう)

しかし、なぜテレビに出る人は、

笑顔にさせようとするのだろうな。

片山さつきさんなどは、憮然としたときの表情に

「ああ、この人(正直で)いい人なんだな」などと思うし、

味が出てみえると思うのだが。
(参議院という存在論はまた別ですが)

逆にある議員の笑顔に変わるときの一瞬に、裏を見てしまったりもする。
(ときには、誤解だったりもするのでしょうけれど)

小泉ジュニアは、やはりちゃんとしているなと思った。
(筋が通っているという部分で)

生放送ではないが、三宅議員の転倒を検証するという映像を、

何度も見せられていると、別の部分が見えてくる。

まるで、湖池屋のジャガッツのサブリミナル広告のようだ。

(無論、局にその意図は感じられない)

民主が巧みになってきた(なろうとしてる)のが印象的だ。

昔、枝野さんがなにかの討論番組で、

竹中さんにこてんぱんにやられていた頃とは雲泥の差だ。
(あの頃、時代はディベートの上手な人間についたが、
 今はまた変わってきている気がするな。
 今になってあのときの愚直な感じが、効いてきてる
 感じがするから)

いずれにしろ、自分はその人間を見たい。

大阪万博の映像を見たときに、何が一番違って見えたかというと、

人間の表情の作り方だった。

昔の人は、無防備というか、全くカメラを気にしていなかった。

(緊張して澄ましていただけかもしれないけれど)

しかし、計算が見えすぎてない分、かえって品があるように見えた。

皆が賢くなり、あらゆる面で発達した分、逆戻りするなどというのは

愚かなことだろうけれど、少しくらい原点に戻ってみても

いいのではないか。

こういう時代は、お笑いこそが守りに入ってはいけない気がする。

簡単にはいかないことだらけでしょうが。

どのジャンルもたいへん難しい局面だと思います。

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2010年07月22日 00:02に投稿されたエントリーのページです。

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